戦争と平和。平和と戦争。

尿酸値を下げるお薬を飲み始めました。
どうも、しまです。

ということで、記事のタイトルどおり平和について独り言。

そもそも、個人の利益や目的が生きている以上違うと、言葉の壁以上に、折り合いがつかないものです。

生きる上で最低限大切にしている信念が違うと、たまたま自分の歩む人生の道筋に、まったく考え方や個人の利益や欲求の違う人間と一瞬ぶつかり重なることはあるが、
基本的にはその一瞬で反発したりストレスになるので別の道へ進むことになる。

ロシアとウクライナだけの問題ではなく、もっとミクロな人間関係でも同じことが言えるのかもしれない。

ではどうやってそのストレスと向き合うのか。

基本的には向き合わずに生きることも選択できる。
個々の考え方で回避することもできる。勝手に折り合いをつけるということである。

そのストレスは自分の中で淘汰されるものとして、少しづつ自分の理想へ進むだけの話である。

日々のストレスや向き合う現状の課題は考え方ひとつで30%は楽しく生きることができるが、
一瞬のストレスは思っている以上に人間や個人の継続的な心障となり辛い状況に陥ることが多々あるものである。

先には少し触れたが、「淘汰される」とは、いずれ無理に一緒にいる必要もない選択をすることができるのが、現代を生きる現代人の自由な環境が今あることに気付けるか否かである。

個々で抱える悩みや問題は千差万別。

現代を生きる人間の課題は個人の自由な平和な環境次第なので、「戦争」に対する選択肢の減少は、一言では言い表せないほど憎いものである。

子どもたちの楽しい未来、幸せであってほしいと願う大人たちの想いを少しでも、
カタチにできる努力を改めて今年2022年は考えながら進めたらと思う。

平和と対義語が戦争にしたくなく。

平和の対義語が外の問題ではなく、個人の内側に向けた戦いであってほしいと思う。

だって人間は自分との闘いの中で答えを見つけていき歳を重ねていける生き物だと思いたいから。

ということで、今年も事業のCSR活動を通して子どもたちの未来を少しでも明るくしていきたいと思います。

 


 

戦争と平和。平和と戦争。