おばあちゃんの思い出

僕はおばあちゃんが大好きだった。
でも、いつからか遊びに行く事が少なくなった。
会いに行くといつもこう言っていた。
ばあちゃんの口グセは、「もう先は長くないから」
いつも俺はそれを聞いて「なんだかんだで、10年以上同じこと言ってるじゃんwww
100歳以上生きるからwww ・・・」
そうやって、顔を見ないで笑いとばしてた。
ばあちゃんの切ない表情が、笑顔になってる事は見なくてもわかった。
心のなかで、マジで願ってたんだよ。
精一杯、笑いに変えないと辛いから。
俺が海外に住んでたころ、毎日仏壇に手をあわせて無事を祈ってくれてた。
だから、当時問題になってた「オレオレ詐欺」にかかりそうになってたwww、、。
どうしようもない孫だから、心配だったんだね。ごめんね。
今年になって、2~3回ばあちゃんの「死の知らせを電話で受ける夢」を見てしまっていた。
その度に俺は、泣きながら目覚めていた。
「夢か・・・」、そんな夢を見た週の休みには、ばあちゃんに連絡して
温泉に行った。
スーパーへ買い物に行った。
足の悪いばあちゃんは歩く事が遅いことを気にして、しきりに「ごめんね」って言ってきた。
「そんな、いちいち謝らなくていいから」
なんか少し冷たい言い方しながら、俺の手を組んで歩いてた。。。
カップルかよww
スーパーに行ったら、「食べるものは家にあるかい?」ってwww
お金あるかい?っって
俺がやんなきゃいけない歳だろが、、、
とりあえず、、、
いろいろ思い出して、ばあちゃんが死んでから、
2011年12月2日に、
母ちゃんの携帯を使ったおとんの電話で、
病院に行くまで、
その夜、
次の日の朝、
出棺の時
冷たくなったばあちゃんの顔に手を置いたとき、
本当の別れって感じがして心が苦しくなった。。。
泪をこらえることができなかった。。。
自分の都合のいいときだけばあちゃんに、助けてもらったことがたくさんあった。
正直、冬にばあちゃんの家に除雪しにいってた時も、たまに面倒って思ってたんだ、、、
たくさん、心配かけさせてたのに、、、本当に恩知らずなガキだよ、。、、俺は、、、
人生でこんなに5日間連続で泣いたのはじめてだった。
人って毎日泣けるんだな、、、
泪って枯れないんだな、、、
http://youtu.be/lKs9iTXGiVo

うちの母ちゃんが一番辛いのかな。
だってリアルな自分の母ちゃんだもんな、
ずっとばあちゃんの世話してたもんな。
食卓で、朝ご飯食べてる時に亡くなってたばあちゃんを発見したのも、
病院につれていこうとしてた母ちゃんだもんな。
信じたくないのは母ちゃんだもんな。
でも、ばあちゃんは、かっこいいばあちゃんで、
「誰にも迷惑かけないでぽっくり逝きたい」って、いろんな人に言ってた。
本当に誰にも迷惑かけなかった。
自分の葬式代は自分で払うって、
亡くなったその日も
朝起きて、近くに住む孫を食卓から見送ってた。ヤクルトを持たせてあげてた。
ゴミも自分で出してた。。
入れ歯も自分で外してた。。
どんだけ、誰にも迷惑かけないで死んだんだよ。。
いくら、子供たちに迷惑かけたくないからって、少しくらい、
迷惑かけっぱなしの子供や孫に助けてもらえよ。、、
北海道写真ブログsystyleおばあちゃんの思い出2
残された人にできることって、
何もないけど、
しいて言うなら、その生き方や死に方をみて、学ぶこと、
自分の人生に活かすこと。
だから、
そのばあちゃんの様な死に方、俺は好きだぜ。
俺もいつか死ぬときがきたら誰にも迷惑かけないで逝くから。
あ、、、でも。自分より先に、
おやじ

かあちゃんのほうが先か、、
これから悲しい事多いな、
嬉しいことも多いかな、
とにかく  (とにかくって言葉使うの二回目かっw)
なんか、
ばあちゃんの想いはうちの母ちゃんや妹にも受け継がれてるよ。
かあちゃんなんて、最近老けてきたせいか、ばあちゃんそっくりなんだwww
おばあちゃん
いっつも俺の為に祈ってくれてありがとう。
これからは、俺がばあちゃんのこと祈ってるからね。
心配性なばあちゃんだから、
心配させないような人生送れるようにがんばるね。
北海道写真ブログsystyleおばあちゃんの思い出

おばあちゃんの思い出

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